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お礼

 投稿者:僧侶A  投稿日:2015年10月30日(金)23時30分4秒
  わたさん様、メッセージありがとうございます。まったく更新できておらず、申し訳ありません。
よろしくお願いします。
 
 

(無題)

 投稿者:わたさん  投稿日:2015年10月30日(金)21時53分26秒
  松庵さんのブログ
とてもわかりやすく
拝見してます。
浄土真宗の門徒ですが
法然さんのお言葉は
わかりやすいです。
特に阿弥陀仏さまが恋を
してくださるとのご法話は
とてもわかりやすいです。
知恩院に参詣した時に見た
和歌もこれだったのかと
思い出せ感謝です。
 

お久しぶりです。

 投稿者:僧侶A  投稿日:2014年 3月 5日(水)23時48分47秒
  ありがとうございます。いろいろなことがあったのでブログはお休みしておりますが、お陰様で元気でやっております。

http://d.hatena.ne.jp/livesutra/

 

お元気ですか

 投稿者:あわのすけ  投稿日:2014年 3月 4日(火)22時41分22秒
  お元気でいらっしゃいますか。  

Re: おやごろし

 投稿者:僧侶Aメール  投稿日:2010年 6月27日(日)23時12分14秒
  書き込みありがとうございました。病身で末期のお父上に対して身勝手に当たってしまったことへの後悔が、手に取るように伝わってきました。

多くを語るのは無用ですが、この経典は観無量寿経です。父王を殺し、母を監禁したアジャセ王子の事件が描かれます。監禁された王妃が主人公で、お釈迦様から阿弥陀仏の浄土を見せられて救いを得、さらに後代の衆生が救われる教えを乞い、お釈迦様がそれに答えてお念仏の教えを説きます。

最後の一行で語っておられる言葉が、心に染み入りました。私はその一行をお読みして、ああ、この方は阿弥陀様の救いを本当に感じ取っておられるのだと感じました。

悩みがあるところにこそ、救いを求める心が生じ、救いを受け入れる用意が整うのではないかと思います。罪のあることをしなくとも、仏の教えを聞いて心に収める人もいます。しかし自責の念で悔い悩まれておられるからこそ、その救いがあなたの心に入って来たのでしょう。この世は苦しいところ。これからもきっと悩まれるでしょうが、阿弥陀様のいない悩みとは違うだろうと思います。

http://d.hatena.ne.jp/livesutra/

 

おやごろし

 投稿者:あわのすけ  投稿日:2010年 6月25日(金)13時12分57秒
  1992年にご縁を頂いて ある方のご法話を伺う機会がありました。
阿弥陀経?の解説だったのですが、とんでもない親殺しの話で
結局、何がなんだか、どこが仏の教えで、どこが救われたのかも
分かりませんでした。
自分は悪の自覚がありましたが、こんな親殺しは無縁であると思っていました。

ところが、昨年の3月に父が亡くなりました。
糖尿の腎臓病でもう全身の血管がぼろぼろで、余命1年といわれました。
それを聞いたわたしは不幸を悔い、あと1年、孝行を尽くすと決心しました。

しかし、その宣告から4日で父は亡くなってしまいました。
父の晩年、一人身だったわたしは老いた父母と同居、3人暮らしでした。
母もガンで横になる時間が多く、父をかまうことが少なかったです。

その父に自分は大変辛く当たっていました。無視もしました。
同居していると、細かいことでイライラし、父に当たりました。ひどかったです。

耳も遠くなった父はテレビの音が大きくなりがちで、わたしは怒鳴りつけたことがあります。

その場はそれで済みましたが、後刻父が怒り出し、怒鳴ったので口げんかになりました。
わたしも引きません。うるせえ、と怒鳴ります。 そして互いに無視するようになりました。

3日ぐらいしてから、父がわたしに弱弱しく謝りました。わたしの言い方が全く悪かったのにです。それが、亡くなる1ヶ月くらいのことだったです。

父殺しは無縁だと安心していたわたしが、そんなひどいことをしてしまい、もう取り返しがつきません。
阿弥陀経は何かを教えてくれていたのです。親不孝をするな、を学べた人もいたでしょう。

いったい アジャセはどう救われたのでしょうか。
自分も、人も許しはしない。仏様はそこを救ってくださる。南無阿弥陀仏
 

(無題)

 投稿者:猪熊芳則  投稿日:2009年 8月10日(月)22時28分45秒
  俺はあまり人の好き嫌いはないが、一度嫌いになったらとことんみたいだ。  

Re: 怨憎会苦

 投稿者:僧侶Aメール  投稿日:2009年 6月 6日(土)23時00分11秒
   人間として生きていると、会いたくない人たちもたくさんいます。人間は好き嫌いをする生き物。あらゆる人を愛している人がいたら、すばらしいことですが、なかなか難しいことです。開き直ってはいけないのですが、これが悲しい人間の性です。これが事実です。
 ジュン様のおっしゃる「怨憎会苦(嫌いな人に会うことの苦)」は、まさに、この悲しい性のために起こるものです。

 阿弥陀さまは、そんな人間の性に束縛された私たちをあわれんで、手を差し伸べてくださっています。お念仏する私たちを、お浄土にお連れくださり、私たちの煩悩をひとつひとつはがして、除いてくださいます。
 嫌いな人を嫌いなままだと、逃げたい気持ち、憎む気持ちで、自分も苦しくなる。この人間の性は、今は変えられません。しかたのないことです。ですが、お浄土は、それを変えてくれるところです。お浄土に生まれたら、嫌いな人も嫌いではなくなるのです。愛でひとつの世界になるのです。
 そう思い直して、お念仏にはげむことはできないでしょうか。

http://d.hatena.ne.jp/livesutra/

 

怨憎会苦

 投稿者:ジュン  投稿日:2009年 6月 6日(土)09時48分28秒
  私には会いたくない人が沢山います。嫌いな人だらけです。そんな人たちとまたお浄土で再会しなければならないのかと思うと、お念仏を唱える気もなくなってしまいます。お浄土では嫌いな人たちとも会わないといけないのでしょうか。  

『起きていることは すべて正しい』

 投稿者:かずよ  投稿日:2009年 1月25日(日)08時32分31秒
  『起きていることは すべて正しい』のです。
いま起きていることは、すべて正しいことであり、すべて良いことなの
です。すべては良くなるように出来ているのです。すべては予定調和
であって、あなたが行ったこともすべて正しいことであり、すべて良い
ことなのです。悔むことなど何もないのです、すべては良くなるように
出来ているのです。すべては予定調和するように出来ているのです。
 

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